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すがマロRADIO第491回 稿本天理教教祖伝を読む2 「はしがき」②
稿本はしがきのもう一つ大事なポイントは、おふでさきを基に記された、というところです。神直々の書を基に編纂されることで、間違いのない書物となるんですね。
すがマロRADIO第490回 稿本天理教教祖伝を読む1 「はしがき」①
「稿本天理教教祖伝を読む」シリーズ始まりました!まずはどのような執筆方針で書かれたのかを記された稿本はしがきについて語りました。


















すがマロRADIO第471回 新録こうまん
こうまん、というは、なにも不自由なし、からだまめで、物よくおぼえるは、天より恩をいただき、先祖、親々のおかげと思えばよろしいなれど、わが身高ぶり、おれが、わしがというて、ひとを見下げるは、ほこり。 感謝を忘れている時に積みやすいかもですね📻
すがマロRADIO第470回 新録よく
よく、というは、家業丹精して、徳をもとめるがよろしいなれど、ごうき、とんよくというて、商法なれば、あたりまえ口銭のうえへ、また、桝目、秤目で得をとるのが、ほこりであります。 得でなく徳を求めてゆきましょう📻
すがマロRADIO第469回 新録はらだち
はらだち、というは、理をたてて腹をたてぬがよろしいなれど、じぶん腹たて、また、ひとを腹たてさすが、ほこり。腹が立った時には、「神様のメッセージはなに?」と理を立てるようにすると、あっという間に怒りが収まるかも?
すがマロRADIO第468回 新録うらみ
うらみ、というは、ひとよりわれに不義をせらるるとも、わが身をうらむのはよろしいなれど、わが身の前々を思わず、そのひとをうらむが、ほこり。うらみの感情を抱いた時こそ自分を顧みる機会にしてゆきましょう📻
すがマロRADIO第467回 新録にくい
にくい、というは、罪をにくみて、ひとをにくまぬがよろしいが、ひとをにくむがほこり。罪を犯した人も、神様にはかわいい我が子。同じきょうだいです。罪を憎んでも人は憎まぬようにしたいですね📻




すがマロRADIO第462回 新録 ほこりについて②
一れつにあしきとゆうてないけれど 一寸のほこりがついたゆへなり ほこりは知らずしらずに積もってしまうもの。しっかりと払ってゆく、実行に移してゆきましょう。

すがマロRADIO第460回 自分との向き合いかた
人のことはよく見えるが、自分のこととなるとよくわからなくなりませんか?そんな、一番身近で最もよくわからない「自分」とどう向き合うか?を考えてみました。
すがマロRADIO第459回 案じ心がでてきたときは
「案じは案じの理がまわる」とも言われますが、案じないようにしようとしても、勝手に湧いてくる案じ心。その奥にある原因はなにか?を掘り下げてみました。

すがマロRADIO第457回 心が定まった状態
おさしづに「心定めば案じる事要らん。」とあります。心が定まったら、それについて案じる心が出てこないのかも。案じ心が出てきているのは、もしかしたら心定めのようなものをしただけで、心が定まった状態ではないのかも。
すがマロRADIO第456回 見えない世界への飛躍
不足することを手引きと位置付けると、たんのうへの筋道が見えてきます。不足は見えた世界から。たんのうは見えない世界で感じてこそ。かりものの世界へフェーズを変えることで、不足から満足に飛躍できるのかも。
すがマロRADIO第455回 不足はキッカケ?
目に見えた世界を見て、人間は不足します。神様はたんのうを治めるように言われます。たんのうを味わうためには、不足するということが起点になって初めて味わえるものなのかも。


すがマロRADIO第452回 神にもたれてゆきまする
なんでもこれからひとすぢに かみにもたれてゆきまする 神にもたれるとは、ただ神様にお願いしていのではなく、神様の懐にいだかれて、生かされていることに心からお礼を申し上げて生きることなのかもしれません。
すがマロRADIO第451回 かりものの理がわかる
神様と取引していては、かりものの理が治ったとは言えません。どんなことがあったとしても、神様の恩に報いてゆく心が定まったのが、かりものの理が心に治った、といえるのです。
すがマロRADIO第450回 真実の道を働く
小さな心でいた分には、小さい働きしか出来ません。大きい心をもって、真実の道を働くことができます。先を案じる小さい心からは、をしい、ほしいのほこりを取ることができなくなります。
すがマロRADIO第449回 世界を見る②
世界の理、神の理と二つ一つに胸に治め。(おさしづ)世界と神の道は、二項対立ではなく、二つ一つに成り立つものです。世界をみてたんのうの理を治めてゆくことが大切です。
すがマロRADIO第448回 世界を見る
親神さまは、世界に起こるできごとから、神意を悟って欲しいと思し召されています。世界と道は二項対立ではなく、どちらにも親神様の神意が込められていると思案したいものです。





すがマロRADIO第442回 元をたずねる
「元々の理を失うから、先々まで失うて了う。」「元がしいかりすれば、先しいかりする。元弛めば先は弛む。」見えたることも大切ですが、元を知ることで、結果として今も先も充実するのかも。
すがマロRADIO第441回 教祖百三十年祭
東日本大震災があり、全国から災救隊が東北に入りました。その後はじまった年祭活動。ようぼくの集いが全国各地で開催されました。前真柱様の出直し、大亮さまの養子縁組など、悲喜交々ありました。



すがマロRADIO第437回 御守護の射程について考えてみた
京都府にお住まいのゆうたろうさんの質問を考えてみました。テクノロジーの開発が進むにつれて、神様の守護への感謝が薄れてくるのでは?との質問でした。

すがマロRADIO第435回 教祖百十年祭
この年祭から、24日間つとめられていた毎日づとめから、1日でつとめられるようになりました。そして、一年間を年祭の年と位置づけ、おぢばを賑やかにと、さまざまな催しが開催されています。

すがマロRADIO第433回 教祖百年祭
東西礼拝場が完成して迎えた未曾有の大祭典。「百という字の意(こころ)は、白紙に戻り一より始めるを謂う。」を合言葉に進められました。毎日づとめがつとめられた最後の年祭です。
すがマロRADIO第432回 今日もよい
あちらもよい、こちらもよい、今日もよい、明日もよいと言えば、何の心に不足もあろうまい。 よいかどうかは、受け取り方次第。よきように受け取れる内面的成人をしたいものです。