
寛容は美徳じゃないノベーション(1172回)
神学者の国際基督教大学名誉教授の森本 あんりさんの言葉に目から鱗が落ちました
曰く
"「自分の意見や好みに合わない人には、どうしても否定的な評価をしてしまう。そのことを表面に出さないように努めはするが、心の中のそういう思いは止められない」──自分の内心をそう顧みている人に、「いや、それが寛容の本義です」と伝えたらどうだろうか。
はじめから共存の道など考えもしない人は別だが、否定的な感情を内にもちながらも、何とか相手と一緒にやってゆこうとしている人が、「あなたこそ、寛容のお手本です」と言われたら、目を白黒させてしまうだろう。
そこで、もう一度その人に告げるのである。「いえ、お世辞ではありません。寛容はちっとも美徳ではないからです」。"
ここから私は思いました
1、寛容と不寛容のパラドックス
3、寛容は美徳というバイアス
2、寛容はアウフヘーベン
寛容というためには誰かが悪でなければならない、そうしないと寛容は生まれない、というパラドックスに、驚きました
寛容というと、誰もを許せるような美しいここを持て的なことかと思ってましたが、そうではなく誰かが悪であるからして、許すことが生まれるということなのだと改めて思いました
そうすると、誰をも憎まない的な完璧な美徳な心を持つということではないし、また美徳を無理やり持たせるなんてことはできっこないという前提に立たないと、成り立たないのだなと…
The skinny
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