
生も死も一つの表れ方ノベーション(1910回)
仏教学者の植木雅俊さんからの、日蓮さんの死生観に関するお話に、深く考えさせられました
曰く
"日蓮の死生観は、波が生まれたり消えたりしても海そのものはなくならないのと同じように、人が死んでもその生命本体は一貫して存在し続けているという思想から来ています。
生も死も、その生命本体の一つの表れ方に過ぎないのだから、自分が殺されたところで「私」という生命はなくならないと考えるのです、と。
もちろん、誰かが亡くなってしまうことは、「今生の別れ」という意味でとても悲しい。でも、生命本体はなくなってしまったわけではなく存在し続けているのだから、今その人がいる場所に向かって祈ればいい。
その場所ー霊山浄土は、決してはるか遠くではなく私たちが生きるこの世界の中に、現実と分かちがたく存在している。そう、日蓮は考えていたのだそうです。"
ここから私は思いました
1、自分の中に共にいてくれる
2、思いや言葉で共に生き続けることができる
3、少なくとも科学では、まだ答えが出ていない問いへの考え方
1、自分の中に共にいてくれる
私の周りでも、「今生の別れ」として、会えなくなってしまっている人が沢山いますので、それを考えると、大変残念な気持ちになってしまいます
日蓮さんの死生観に照らして考えると、別れではなくて、生命本体の表れ方にすぎず、一貫して存在し続けているとしたら、少し気持ちが安らぐ気がします…
The skinny
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