
ブルシット・ジョビノベーション(995回)
デヴィッド・グレーバーさんのブルシット・ジョブについて考えさせられました
曰く
"暫定的定義=ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある雇用の形態である。"
ここから私は、ブルシットなジョブから抜け出すためには何が必要なんだろうと思いました
1、誰もが価値を創れる世界
2、誰もが選択のできる世界
3、全世帯一法人化
私もサラリーマン時代に、これって本当に意味あんのかなあと思いながら、やってた仕事もあるし、人もいました
それが望みなら良いのですが、苦しんでいるのであれば、そこから逃げることを考えなければいけないし
もっと言えば、逃げられるような準備をしておく、ということが大事なのかなと思いました
そのためには、一言で言うと、なんらかの価値を創れる人になっておく、と言うことかなと
それこそ、ある意味、ケツをまくれる人になっておくと言うことかなと
ケツをまくったはいいけど、自分で拭けなくなっちゃいました、ではどうしようもないので
自分でケツを捲りながらも、きちんと拭けるようになっておく、つまり、なんらかの価値を自分で作ることができるようになっておく
と言うことが一つの方向性なのかなと思いました
それが出来るようにみんながなっていくと、ある意味、自分で選択ができる世界ができてくるかなと…
The skinny
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