
「使われなかった人生」を「お使いなさい」ノベーション(1529回)
ドキュメンタリー作家の沢木耕太郎さんの言葉に、深く考えさせられました
曰く
"「ありえたかもしれない人生」には、もう手の届かない、だから夢を見るしかない遠さがあるが、「使われなかった人生」には、具体的な可能性があったと思われる近さがある。"
"では、もしその人に「使われなかった人生」を惜しむ気持が起きたとしたら?
映画『旅する女 シャーリー・バレンタイン』がほのかに暗示していたのは、「お使いなさい」ということだった。
その「使われなかった人生」を「お使いなさい」と。あるいは「使う」のがいくらか遅れたかもしれない。だが、もうまったく使えないというのでもないはずだ。"
"使わなかったという自覚は、単に後悔したり追憶にふけるだけでなく、いまからでも使ってみようという未来に向けての意志を生む可能性がある。"
ここから私は思いました
1、忘れられたパッションの源
2、創造的再生への道
3、実存の遅延
30歳くらいの時に、俺は音楽で生きて行くために、ボストンのバークレーに留学するので会社辞めます、だったり、もしそっちの人生に行ってたら、どんな使われなかった人生があったのだろう、みたいなことを考えることはあります
1、忘れられたパッションの源
多分そんなことって、一人一人の人生には必ずいくつもあって、それを考えながらも、もしかしたら後悔しながらも、今を肯定して生きてんだろうなあと思います…
The skinny
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