
自分は多数の他人とのベン図の交わりでどう生きたいかノベーション(1147回)
池田貴将さんによる吉田松陰の超訳に心震えました
曰く
"他人から馬鹿にされたくない。皆そればかり気にするものです。家がおんぼろだとか、服が時代遅れだとか、ろくなものを食べていないとか。
しかし、人はあやういものです。生きているときは生きていますが、死ぬときは、もう死んでいるわけです。今日はお金があっても、明日は一文無しかもしれませんし、今日は皆から愛されていても、明日は皆の心が離れているかもしれない。
ですから、私が大事だと思うのは、ただ「自分はどう生きたいか」その方針に従って生活することなんです。それが人の道というものじゃないでしょうか?"
ここから私は思いました
1、自分の気持ち以外は、課題の分離
2、パッションの源を見つめる
3、パッションの源と他者との活動のベン図の交わりを創発
アドラーのいうところのコントロール可能なものに集中する意味の、課題の分離ですが、吉田松陰さんの言葉より、それはもはや自分の思い、以外のものは全て、コントロール不能と考えた方がいいのかもしれないなと思いました
そうなると集中すべきは、自分の心の中ということになるので、まずは、自らのパッションの源に目を向けるのだ、ということになるかなと思いました…
The skinny
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