
その失敗に大義とパッションはあるんか?ノベーション(1179回)
本田宗一郎さんの言葉に、失敗に関する新たな気づきを頂きました
曰く
"わが国には「サルも木から落ちる」という言葉がある。慢心とか油断へのいましめである。心のゆるみだが、このための失敗には、私は寛容の心を持ち合わさない。
なぜかといえば人間に許される失敗は、進歩向上をめざすモーションが生んだものだけに限るのだと思うからだ。
しかし、私は猿が新しい木登り技術を学ぶために、ある試みをして落ちるなら、これは尊い経験として奨励したい。 "
ここから私は思いました
1、失敗には2種類ある
2、進歩向上を目指すモーションという大義があるか
3、自らのパッションの源に沿ってるか
イノベーションを進めるためには、仮説検証をしながら何度も失敗を繰り返していくことが必要、と言うお話を良しくていますが、その失敗の種類を問うと言うことも大事だなと改めて気づかせて頂きました
失敗には、2週類あって、慢心からくるものと、挑戦からくるもの、ここには大きな違いがあるということは、まさにその通りだと思いました
その違いを本田さんからは、"進歩向上を目指すモーションか"と言うことが大切であると言うことは、ある意味イノベーター3つのフレームからすると、大義に沿っているか?と言うことなのかとか思いました
また、もう一つとして、「自らのパッションに沿っているか」と言うことも大事かもしれないなと思いました…
The skinny
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