
落語と演劇の異種格闘技ノベーション(1823回)
演劇と落語のコラボレーションした「演劇×落語=演劇作品」の舞台 死神を、観させて頂き、新たなイノベーションの生まれる瞬間を目撃させていただきました
脚本演出の倉持裕さんと、俳優としても舞台に立つ立川流・真打の立川志の春さんの言葉に考えさせられました
曰く
「落語の国っていうのは優しいユートピアで、最後は『バカだけど、それが人間だもん♪』で終わる。でも、この台本を読んだとき、業を肯定しきらないヒリヒリした感じを受けましたね。」
「落語は最終的には人間を信じているけれど、演劇の場合は、その瞬間、人間がどっちに行くかわからない。いい奴だと言いながら転落するかもしれないし、自分の欲を優先するかもしれない。その危うさが、演劇ならではのリアルさだなと感じます。」
ここから私は、落語と演劇のコラボレーションについて、思いました
1、制限と拡張
2、型と自由
3、コアコンピタンスの往復運動
1、制限と拡張
落語は、基本的に一人で世界を立ち上げていく芸です
語り手一人の中に、登場人物も、情景も、時間の流れもすべてが宿る
その制限があるからこそ、観る側の想像力が引き出される
一方で演劇は、多数の人間が関わることで
視覚的にも身体的にも、想像を超えてくる
ここで面白いのは、制限と拡張という、まったく異なるアプローチが共存していることだと思います
落語は想像力の拡張であり、演劇は身体と空間の拡張になる…
The skinny
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