
末広がりノベーション(1905回)
7月大歌舞伎を観させていただき、めちゃくちゃ感動したと共に、能狂言を素材にした狂言舞踏「末広がり 長唄囃子連中」に大いに笑わせていただき、かつイノベーションのあり方についても考えさせられました
プログラムより
"幕が開くと、能舞台を模した松羽目の舞台に大名が現れ、太郎冠者に"末広がり(扇)”を買いに行くよう命じますが、太郎冠者が、”末広がり”がどのような物かを知らないことが、この物語の肝となります。
都の市に赴き、「末広がり買いましょう」と声を上げた太郎冠者は、人に勧められるままに古傘を買い求めます。
役目を終え安堵した太郎冠者は、酒を飲んで主人の許に戻り、買ってきた傘を差し出すので大名は怒りますが、太郎冠者は買ってきた傘が末広がりであると言い張ります。
そして、傘をさすなら春日山」と傘を手に踊り始めます。"
ここから私は思いました
1、ボケは進化思考の変異
2、ボケからイノベーションが始まる
3、ボケを許容できる世界が必要
1、ボケは進化思考の変異
太刀川英輔さんの「進化思考」によると、生物は、変異と適応を繰り返して、進化してきたとの理解ですが
お笑いで言ってみたら、ツッコミは、徹底的に深掘りをしていくので、適応で、ボケは、どんどん横に話がそれていくので、変異、ということができると思います…
The skinny
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