
リベラル・アイロニストノベーション(1041回)
スタンフォード大学の名誉教授でもあった米国を代表する哲学者のリチャード・ローティさんの考え方に考えさせられました
曰く
"公共的な正義を追求することと、私的な関心を追求すること、この2つはどうしたら統一できるのだろうか?"
指南役の哲学者の朱 喜哲(ちゅ・ひちょる)さん曰く
"私的なプライベートな趣味の追求とか、相手が大事にしてることは一歩一線をひいてあげながらも
でも残酷な状況に対しては一緒に手を携えて介入をして、その残酷な状況を何とか解消しようとします
これがこのリベラル・アイロニストという言葉に託されている構想なんですね"
ここから私は思いました
1、一見相反するものの同居
→会社と自分、会社とSDGS
2、どちらかだけになってはいけない
→支配する側、支配される側
3、2つのベン図の交わりは何か
→沢山のベン図の交わりを意識する
このお話は、会社人生もあるし自分の人生もあるとか、会社の利益とSDGSのような、一見相反するものが同居する状況の悩みに、とても共感しました
社会生活をしている中では、例えば家族という小さな単位でも、社会で生活している限りは必ず起きる悩みなのかと思いました
一つ言えることは、どちらかだけになってしまってはいけない、ということかなと思いました…
The skinny
The skinny isn't ready yet — notes appear once the transcript is processed.