
個人のパッションから分業を考えるノベーション(1401回)
デュルケーム“社会分業論”から、個人の出現と分業のあり方について、考えさせられました
曰く
"分業は対立させると同時に結合させる。
それは、みずからが分化させた諸活動を収斂させ、ひき離したものを接近させる。"
"個人は、みずからを他者から区別する
個性的な相貌と活動力とをもっていて、その区別されるかぎりにおいて他者に依存し、したがってまた、そうした結合から生じた社会に依存するから社会化されるのである"
"諸個人は分業によってこそ相互に結びあっているのであって、それがなければ孤立するばかりである。
彼らは、てんでに発達する代わりに、自分たちの努力をもちよる。彼らは連帯的である。"
ここから私は思いました
1、民主化が個人を生んだ
→パッションの源の発生
2、個人は分業が必要
→光と影
3、イノベータ3つのフレームと分業
→分業のあり方
衝撃だったのは、個人という概念が、封建制などの元では存在しなく、民主化されて初めて、概念自体が生まれたということでした
確かに生まれながらに役割が決まってる世界では、個人という概念自体が必要ないというのは、今の世界が当たり前と思ってる自分には、想像もつかないなと思います
今の世の中でも、価値観が違う世界は沢山あるので、実は個人という概念自体がない、そんな人たちが沢山いるということは、認識しておくことは大事かなと思いました…
The skinny
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