
問学(もんがく)ノベーション(1914回)
生物学者で思想家の最首悟(さいしゅさとる)さんが東京大学の最終講義でお話しした言葉に、感動しました
曰く
"一般教育というのは、何を教えるかではない。何を教えるべきかという問いを教師が持つことである。
私はそのような教育というのを、特殊に位置づけるためには、問学(もんがく)という言葉を復活させたらよろしいと。
学問というのはあまりにも擦り切れている。専門家ということがそこではあまりにも特殊化されて出てきてしまう。
問学も学問と全く同じ意味であるけれど、やはりそこに特殊に問いを立てる学、それも近代科学技術が要求した解ける形の問いではない。
そのような制約を払った問いを最も重要視する学"
ここから私は思いました
1、教師自身が自らを問い続ける
2、解けない問いを問い続ける
3、誰もが問いを持つ世界
1、教師自身が自らを問い続ける
これまで、問いを考えることが重要であると、いうお話は、最近ではたくさん聞くようになりましたが
それを教える、教師自身が、「何を教えるべきかを問い続ける教師」であることを、明確に言われたのは初めて聞きました
問い続けることを教えるのが教師ではなく、自らが何を教えるべきかを問い続けるのが教師、というのは、とても心に刺さりました
それを見る生徒も、自ずから、自ら何を学ぶべきなのか、なぜ学ぶべきなのかを、問い続けることになっていく…
The skinny
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