
「変われない」と「知ったかぶり」|宮崎駿と知ったかぶりの身体 #42
本を読んでも、学んでも、なぜか変わらない。
それは頭が悪いからではなく、画面を指でなぞるように「知った気」になっていて、身体がどこへも出かけていないからかもしれません。
宮崎駿が十五年前にiPadへ放った一節を手がかりに、「わかる」と「知ったかぶり」の境目を、身体から考えてみます。
スタジオジブリのフリーペーパー『熱風』2010年7月号「ぼくには、鉛筆と紙があればいい」。そこで宮崎駿は、画面をさする手つきを「自慰行為のよう」と言い、「あなたには調べられません」と言い切りました。情報がいくらあっても、その対象へ出かけていける身体がなければ、調べたことにはならない――。
ライブで初めて曲の良さが「わかる」瞬間、他人の汗の上澄みだけを掬う「受け売り」、「カメラを持っていくな、記憶で描け」という宮崎の調べ方、そして施術室で出会う「学んでも変わらないんですよね」という身体。道具の問題ではなく、手つきの問題なのだと思います。
――あなたの指は、今、何を撫でているでしょうか。
〈チャプター〉
00:00 電車で、画面を指でさすっている ── 宮崎駿の予言
04:39 わかった気になるのは、気持ちいい
10:08 「わかる」には二つある ── ライブで初めて分かる
19:03 「あなたには調べられません」
26:55 受け売り ── 他人の汗の上澄みを掬う
35:33…
The skinny
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